主役は、香りではなく、嗅覚なのです 〜「白い闇」制作の舞台裏〜

私は今回制作にあたり、「記憶」という言葉を一切使わないように気をつけました。匂い香りはとかく、「記憶に直接働きかける」ことから、「みんなの記憶のスイッチを入れるような作品を!」といったドラマチックな期待をかけられがちなのです。

むしろそれを売りにして作る事は簡単です。共感を集めやすいですしね。「匂いで、あなたの昔の彼を思い出させましょう」的な作品を作ったら、それはそれはポピュラーな展示になるでしょうね・・・(^^) でも、そういうイージーなことは嫌う、ヒネクレモノなのです、わたしは。

香りのアートを始めたてのときは、そんな作品を発表したりもしていました。「日本の匂い」シリーズを作り、私の個人的な記憶を香りで表現したり。香りを使い始めのアーティストは例外なく、このテーマにハマります(笑)

でも厳密にいえば、私の記憶のスイッチは、みんなの記憶のスイッチとは違う。たとえば私が「祖母の家の香りが好き」といったところで、みなさんの頭の中に浮かぶおばあさんの家の香りは、それぞれ違いますよね。

作品としてはあまりに一方通行のように思え、ある時から「記憶」をテーマにしたり、作品でそう謳ったりすることはやめました。

そのかわり、「嗅覚の可能性」を追求するようになりました。たとえば来場者に、ふだん使わないような嗅覚の使い方をさせてみたり。「あれ、じぶんの嗅覚って、こんなんだったんだ」と思わせるような展示を目指しています。

つまり、私の展示では、香り自体に意味を与えません。香りはすべて、ニュートラルです。そこに意味づけを与えるのは、個々人の経験や体験です。主役は、香りではなく、あくまで嗅覚なのです。

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