においのアートを始めたきっかけ
アートといえばふつうは目で見て、耳で聴いて楽しむものですが、私の作るものは鼻で楽しむものです。匂いを素材として扱い、嗅覚のためのアート作品を作っています。
匂いはふつう、香水やフレーバー、アロマテラピーなど、いろいろな形で身の回りに存在します。わたしが探っているのは、こういった実用の範疇を超えたところに、どんな可能性があるのかという点です。たとえば匂いにより引き起こされるイマジネーションや感情、そして嗅覚が新たに切り開く知覚体験など、まだまだ未知の世界がそこに眠っているのではないかと思うのです。
ちょうど美術館に絵を展示するかのように、匂いを作品として展示しています。まさにひとつひとつの展示が実験そのものです。インスタレーションやライブ・パフォーマンスという形をとることもありますが、ワークショップという形で体験を共有する方法をとることもあります。こうして嗅覚に真っ正面から取り組む作家は、世界にも数人しかいないのではないかと思われます。
匂いのアートを始めたきっかけを話すと、長いです。幼少のころから趣味でポプリの調合をやっていたほどなので、嗅覚は敏感な方でした。高校時代のアメリカ留学先では、言葉の通じないフラストレーションから本格的に絵を描き始め、はじめてアートというものをリアルに感じ始めました。かといってすんなり美大に進んだわけでもなく、大学では五感の知覚や情報学に関する総合的な勉強をしました。同じく大学院ではメディア・アートの先生につき、卒業後はメディア・アーティストとしてオランダで活動を始めました。オランダへはいつのまにか流れ着いてしまった、という表現がしっくりきます。前出の先生がオランダのメディア・アート・フェスティバルでよく展示していた関係で、伝手があったことも要因ではありますが、やはりその延長線上で今のパートナー(オランダ人)と出会ったことが決定的な後押しでした。
ヨーロッパの中でもわりとオープンなオランダのアート・シーンも、土壌としては魅力でした。無名駆け出しの頃、「地球の裏側同士をインターネットで繋ぐ、地球の穴のようなものを作品として作りたい」とあるアート団体の方と何気なく話していたら、「それはおもしろい、やってみようよ!」と乗ってきて、どんどんプロジェクトが発展していくという始末。最終的にはロッテルダム市とオランダ大使館も巻き込み、ロッテルダムとインドネシア・バンドゥン市の広場に常設展示という形で実現してしまったのです。 (“Hole in the Earth” , 2003)
その後出産し、ふつうのお母さん並みに家事・育児に追われ、それまでのように仕事もできなくなり、焦りました。そこで思いました。この状況を逆手に取って、家でしかできない小さな実験的なことを始めよう、と。嗅覚への重要性を妊娠・出産を経て再認識したこと、メディア・アートの経験から匂いをメディウムとして認識し始めたこと、身近に匂いの抽出方法の手ほどきをしてくれる友人がいたこと、手近なアトリエとしてそこに自宅のキッチンがあったことなど、いろんな条件が重なって生まれたのが、私の今の仕事です。
今年は「日本 – オランダ年」の一環で、ライデン市立美術館にて大きな展示をしました。400年前のオランダと日本の、双方の視点と印象を、匂いで表現した展示です。インターネットに匂いは載りませんが、こちらのHPで印象だけでも嗅ぎ取っていただければ。http://www.ueda.nl
上田麻希
東京生まれ。匂いを素材としてアート作品を制作する、世にも珍しい「匂いのアーティスト」。1997年慶応義塾大学環境情報学部卒、1999年同大学院政策メディア研究科修士課程修了。2000年文化庁派遣若手芸術家在外研修員(オランダ)。2007年ポーラ美術振興財団派遣在外研修員(オランダ)。2007年グラース・調香師学校のサマー講習終了(フランス)。現在ロッテルダム在住。ヨーロッパのみならず、トルコ・カナダ・日本など世界中で精力的に展示している。
アーティスト・ブログhttp://blog.ueda.nl
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オランダ日通 くらしの手帳 2009年9月号掲載
匂いはふつう、香水やフレーバー、アロマテラピーなど、いろいろな形で身の回りに存在します。わたしが探っているのは、こういった実用の範疇を超えたところに、どんな可能性があるのかという点です。たとえば匂いにより引き起こされるイマジネーションや感情、そして嗅覚が新たに切り開く知覚体験など、まだまだ未知の世界がそこに眠っているのではないかと思うのです。
ちょうど美術館に絵を展示するかのように、匂いを作品として展示しています。まさにひとつひとつの展示が実験そのものです。インスタレーションやライブ・パフォーマンスという形をとることもありますが、ワークショップという形で体験を共有する方法をとることもあります。こうして嗅覚に真っ正面から取り組む作家は、世界にも数人しかいないのではないかと思われます。
匂いのアートを始めたきっかけを話すと、長いです。幼少のころから趣味でポプリの調合をやっていたほどなので、嗅覚は敏感な方でした。高校時代のアメリカ留学先では、言葉の通じないフラストレーションから本格的に絵を描き始め、はじめてアートというものをリアルに感じ始めました。かといってすんなり美大に進んだわけでもなく、大学では五感の知覚や情報学に関する総合的な勉強をしました。同じく大学院ではメディア・アートの先生につき、卒業後はメディア・アーティストとしてオランダで活動を始めました。オランダへはいつのまにか流れ着いてしまった、という表現がしっくりきます。前出の先生がオランダのメディア・アート・フェスティバルでよく展示していた関係で、伝手があったことも要因ではありますが、やはりその延長線上で今のパートナー(オランダ人)と出会ったことが決定的な後押しでした。
ヨーロッパの中でもわりとオープンなオランダのアート・シーンも、土壌としては魅力でした。無名駆け出しの頃、「地球の裏側同士をインターネットで繋ぐ、地球の穴のようなものを作品として作りたい」とあるアート団体の方と何気なく話していたら、「それはおもしろい、やってみようよ!」と乗ってきて、どんどんプロジェクトが発展していくという始末。最終的にはロッテルダム市とオランダ大使館も巻き込み、ロッテルダムとインドネシア・バンドゥン市の広場に常設展示という形で実現してしまったのです。 (“Hole in the Earth” , 2003)
その後出産し、ふつうのお母さん並みに家事・育児に追われ、それまでのように仕事もできなくなり、焦りました。そこで思いました。この状況を逆手に取って、家でしかできない小さな実験的なことを始めよう、と。嗅覚への重要性を妊娠・出産を経て再認識したこと、メディア・アートの経験から匂いをメディウムとして認識し始めたこと、身近に匂いの抽出方法の手ほどきをしてくれる友人がいたこと、手近なアトリエとしてそこに自宅のキッチンがあったことなど、いろんな条件が重なって生まれたのが、私の今の仕事です。
今年は「日本 – オランダ年」の一環で、ライデン市立美術館にて大きな展示をしました。400年前のオランダと日本の、双方の視点と印象を、匂いで表現した展示です。インターネットに匂いは載りませんが、こちらのHPで印象だけでも嗅ぎ取っていただければ。http://www.ueda.nl
上田麻希
東京生まれ。匂いを素材としてアート作品を制作する、世にも珍しい「匂いのアーティスト」。1997年慶応義塾大学環境情報学部卒、1999年同大学院政策メディア研究科修士課程修了。2000年文化庁派遣若手芸術家在外研修員(オランダ)。2007年ポーラ美術振興財団派遣在外研修員(オランダ)。2007年グラース・調香師学校のサマー講習終了(フランス)。現在ロッテルダム在住。ヨーロッパのみならず、トルコ・カナダ・日本など世界中で精力的に展示している。
アーティスト・ブログhttp://blog.ueda.nl
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オランダ日通 くらしの手帳 2009年9月号掲載
コメント
たびたびの連絡となりすみません。
昨日、このブログのプロフィールにあるメールアドレスに、御出演依頼のメールを差し上げました。脳科学とアートで人間の感性を拓くことが、当研究会のコンセプトです。毎回、異なる分野のアーティスト、脳科学者を招き、ワークショップ&レクチャーやパフォーマンス、講演を開催しております。
お忙しいところ恐れ入りますが、御返信いただけますとうれしく思っております。