源氏物語の「追風(おいかぜ)」は、現代語に訳せない!
24年7月に新刊として発売される嗅覚文化のジャーナル「Alabastron」には、私の論文「追風(おいかぜ)〜源氏物語における平安時代の香り文化と嗅覚コミュニケーションの役割〜」が収められています。 なぜアーティストの私がいきなり、作品制作と全く関係のない学術論文を書くに至ったか…。自分にとっても謎なので、整理しながら書いてみます。 源氏物語の香りに初めて触れたのは2008年。3世紀半続く老舗のお香屋さん・鳩居堂の人気商品、 「六種(むくさ)の薫物」 でした。「梅花」「荷葉」など、源氏物語に登場する香りを実際に手軽に薫くことができるお香です。 もともと源氏物語を描いた漫画「あさきゆめみし」ファンの私は、古典の世界に香りというレイヤーを足すことで、1000年も昔の物語に「時間」と「空間」といった奥行きができることに、たいへん興奮したものでした。 大学でメディアとコミュニケーションを専攻した私は、視覚が遮られた平安時代のモダリティに興味を寄せ、2015年には「 Kyoto Love Story 」と題したワークショップを考案。平安貴族のモダリティでの「ねるとん」を試みました。これがなかなか盛り上がり、またどこかで再演できたらいいなと思っていました。 2018年には、「 源氏物語の女性像×香り 」というテーマで、石垣島と東京でワークショップをやりました。源氏物語には、登場する源氏の女人それぞれが担う女性像と、それに例えられた香り(六種の薫物)があります。当時の処方をもとに、現代に生きる自分の女性像を香りで表現してもらう、というリバースエンジニアリングのようなワークショップでした。 いつの頃からか、原典に頻繁に出てくる「追風(おいかぜ/おひかぜ)」というキーワードに惹かれ始めました。この言葉は、時間と空間を軸とした香りの演出や体験を表します。現代語に訳し難い語なので、訳によっては完全に削ぎ落とされたりします。この、言葉にできない「追風」を探り、表現する作品を作りたいと考えるようになりました。 追風でやり取りされるメタなコミュニケーションを調べるにつれ、平安時代の嗅覚文化と、その質の高さに驚くのでした。追風とは、当時の信教や政治、ジェンダー構造、気候条件や寝殿造といった建築様式、そしてそこから必然となったモダリティのあり方抜きに